根拠にもとづいた「オートファジー」の正しい知識
「オートファジー」という言葉を耳にして、16時間断食を始めてみた、あるいは興味を持っている方も多いのでは? SNSでも「細胞が若返る」「肌がきれいになる」といった魅力的な情報が溢れているオートファジー、確かにノーベル賞を受賞した重要な科学的発見。
しかし、実は日常的に目にする情報の中には、科学的にまだ確立されていない部分や、知っておくべき注意点が意外と多いもの。オートファジーと断食について「実は知らなかった」科学的事実や、安全に実践するために押さえておきたいポイントを解説。 (この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的アドバイスではありません。健康に関する判断は、医師や専門家にご相談ください)
PART①
オートファジーって本当は何?

【オートファジーの発見】
2016年、東京工業大学の大隅良典栄誉教授がノーベル生理学・医学賞を受賞しました。その研究テーマが「オートファジー(自食作用)」。オートファジーとは、細胞が自分の中にある古くなったタンパク質や損傷した部品を分解し、その材料を再利用する仕組みのこと。まるで細胞の中の「リサイクルシステム」のようなものです。
【酵母の研究だった】
ここで知っておきたい大切なポイント。
大隅博士の画期的な研究は、酵母という単細胞生物を用いて行われ、酵母の細胞でオートファジーのメカニズムを分子レベルで解明したことで、この仕組みが生命にとって基本的で重要な機能であることが明らかに。
【ヒトとの関係は?】
その後の研究で、オートファジーは酵母だけでなく、ヒトを含む多くの生物に共通して存在することも判明。しかし「ヒトの体の中でどんな条件で、どのくらい活性化するのか」については、まだ研究途上の部分が多いというのが実情なのです。
PART②
なぜ「16時間」断食?
よく聞く「16時間」という数字。16時間食べないでいると、オートファジーが活性化するという情報を見たことがある方も多いのでは? しかしこの「16時間」という具体的な数字は、実践しやすく覚えやすいため、広く知られるようになったというもの。

【実はまだ明確な根拠はない】
ヒトにおいて「16時間でオートファジーが最大限に活性化する」という科学的なコンセンサスは、現時点では確立されていません。動物実験では、断食によってオートファジーが活性化されることが確認されていますが、ヒトでは個人差(年齢、性別、体質、食事内容など)が大きく影響すると考えられており「何時間が最適か」については、まだ研究が進められている段階。
【まだ研究途上】
これは「16時間断食が意味がない」ということではなく、間欠的断食自体には様々な健康効果が研究で示唆されています。しかし、その効果は必ずしもオートファジーだけによるものではなく、インスリン感受性の改善やカロリー制限など、複数の要因が関わっていると考えられています。
PART③
美容効果についてわかっていることは?
あらためて、ファスティングは「効果がない」ということではありません。オートファジーに関する記事で、よく「肌のくすみが取れる」「ハリが出る」といった美容効果が紹介されていますが、直接的な証拠はまだ少ないのが現状、つまりまだ確証がないということです。

細胞レベルや動物実験では、オートファジーが細胞の健康維持に役立つことが示されており、断食により体内の炎症マーカーが低下する可能性が、一部の研究では報告されています。しかし「断食→オートファジー活性化→美肌効果」という直接的な因果関係を示したヒト臨床研究は、現時点では非常に限られているのです。
【期待される間接的な効果】
炎症の軽減や代謝の改善が、結果として肌の状態に良い影響を与える可能性はあり。ただし、肌の状態は以下のような多くの要因で決まるというのが一般的。
☐栄養バランス
☐水分摂取
☐睡眠の質
☐ストレスレベル
☐紫外線対策
☐スキンケア
☐遺伝的要因

【より正確な理解】
「オートファジー断食をすれば必ず肌がきれいになる」というよりも「健康的な生活習慣の一部として取り入れることで、体調が整い、その結果として肌の調子も良くなる可能性がある」という理解の方が科学的には適切。
PART④
実践する前の注意点は?
間欠的断食に興味を持っている場合、安全に実践するために知っておきたいポイント。
注意点【1】
水分とミネラルの補給
食事からは1日約1リットルの水分を摂取しており、断食中は食事からの水分摂取がなくなるため、意識的に水を飲むことが大切。また、断食中は体内の電解質バランスが変化しやすくなり、頭痛やめまい、倦怠感や集中力の低下は脱水や電解質不足のサインの可能性があります。

【POINT】
・断食中も水をこまめに飲む(1日2リットル程度)
・必要に応じて少量の塩分を補給
・特に運動する日は注意
注意点【2】
食事可能時間の栄養バランス
よくある誤解として「16時間我慢すれば、残りの8時間は何を食べてもいい」ということ。断食の目的はカロリーを減らすことではなく、代謝のリズムを整えること。よって食べられる時間こそ、栄養バランスの良い食事が重要。断食後のジャンクフードでは、かえって健康を損ねてしまうという結果になりかねません。

【特に意識したい栄養素】
☐タンパク質=筋肉量の維持に必要(肉、魚、卵、大豆製品)
☐鉄分=特に女性は不足しやすい
☐ビタミン・ミネラル=野菜・果物から
☐良質な脂質=魚・ナッツ・オリーブオイル
注意点【3】
向いていない人もいる
これは特に大切なポイント。間欠的断食は、すべての人に適しているわけではなく、以下に当てはまる人は医師との相談が必要。自己判断で始めるのはくれぐれも避けて。
・糖尿病で薬を服用している人/低血糖のリスク
・妊娠中・授乳中の方/母体と赤ちゃんの栄養が優先
・摂食障害の経験がある方/症状が再発する可能性
・体重が少ない方(BMI 18.5未満)/さらに体重が減るのは危険
・18歳未満の成長期の方/成長に必要な栄養が不足
・持病がある方/医師の判断が必要
・服薬中の方/薬の効果に影響する場合あり
注意点【4】
体の声を聞く
無理をせず、体調に異変を感じたら中止することが大切。以下のような症状は中止のサイン。すぐに断食を中止し、少量の糖分を含む飲み物を飲む(果汁ジュース、スポーツドリンクなど)などで対処を。症状が改善しない場合は医療機関へ。

・激しいめまいや動悸
・吐き気
・手の震え
・極度の疲労感
・集中できないほどの空腹感
PART⑤
断食中の飲み物・水以外は何を飲んでいい?
「断食中はブラックコーヒーやお茶を飲んでもいい」という情報をよく見かけますがカロリーがほとんどないため、実践上は許容されることが多々。しかしオートファジーへの影響を厳密に検証したヒト研究は限られている、というのが現状。
【基本的にOKとされるもの】
☐水
☐お茶(無糖)
☐ブラックコーヒー(無糖)

【避けるべきもの】
☐砂糖入りの飲料
☐ジュース
☐牛乳
☐プロテイン
☐アミノ酸サプリメント
これらは血糖値を上げ、断食状態を中断してしまうものです。
PART⑥
より健康的に実践するために
焦らず少しずつ。いきなり16時間から始めるのではなく、まず12時間から試してみて体調の変化を観察。問題なければ徐々に延長するなど「自分に合った時間を見つける」ことが大切。
人によっては14時間で十分かもしれないし、12時間が合っているということもあります。先述したとおり「16時間」に正確な根拠はありません。また、毎日続ける必要もなく、週に数回から始めてもOK。体調や予定に合わせて調整し「継続できる範囲」で行うことが最も重要。

【他の健康習慣と組み合わせる】
断食だけに頼るのではなく、健康的な生活習慣全体を意識することが何よりも大切。これらの基本的な習慣があってこそ、断食の効果も期待できます。
☐バランスの良い食事
☐適度な運動
☐十分な睡眠
☐ストレス管理
☐定期的な健康診断
PART⑦
サプリメントについて
よく紹介される栄養素について、知っておきたいこと。サプリメントに頼る前に、まずは食事からバランスよく栄養を摂ることが基本です。サプリメントを検討する場合は、医師や薬剤師に相談を。

【レスベラトロール】
赤ワインなどに含まれるポリフェノールの一種。サーチュイン遺伝子(長寿遺伝子)への作用が研究されていますが、サプリメントとしての効果については、まだ研究段階。
【コエンザイムQ10・ビタミンB群】
これらはミトコンドリアのエネルギー生産に関わる栄養素。通常の食事から摂取できますが、サプリメントで追加する効果は個人差あり。
正確な知識で自分に合った選択を
☐ノーベル賞を受賞した重要な科学的発見であることは確か
☐ただし、美容・健康効果の多くは、ヒトでの研究がまだ十分ではない
☐「16時間」という数字には、確固たる科学的根拠があるわけではない
☐間欠的断食の効果は、オートファジーだけでなく複数の要因による
☐実践には注意点があり、向いていない人もいる

間欠的断食は、正しく理解して安全に実践すれば、健康的なライフスタイルの一部となる可能性があります。しかしそれは「魔法の解決策」ではなく基本的な生活習慣(バランスの良い食事、適度な運動、十分な睡眠)を大切にしながら、自分の体の声に耳を傾けることが何より重要。正確な知識を持って、自分に合った健康的な選択を。
(参考情報)
ノーベル財団(大隅良典博士の研究成果)
日本臨床栄養代謝学会
日本糖尿病学会
厚生労働省「日本人の食事摂取基準」
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